『  アヒルの子 ― (2) ― 

 

 

 

 

 

 

    ぱち ぱち ぱち ぱち 〜〜〜〜〜 !!!

 

拍手の中 ジプシー娘 床から起き上がり 優雅にレヴェランスをした。

額に 乱れ落ちる金髪をかきあげる。 

「 ・・・・・ ! 」

満面の笑みを振り撒きつつ 金髪のジプシーは袖に引っ込んだ。

 

 ザワザワザワ ―  客席からは すごいね〜 かわいい・・・ なんて声が

聞こえている。

< 勉強会 > には 主宰者のマダムは勿論、各講師陣も客席に陣取っている。

 

いや なかなかいいですね〜 彼女らしい 

中年の男性が 低く笑う。

ふふ   髪はこのままでって言ってきた時にわかったわ。

 うん 彼女、 なにか掴んだのかな ってね。 」

隣でマダムもにんまり〜 笑う。

ほう ・・・ これから見かけだけじゃない踊りを見せてもらえるかも ですね 」

「 ポアントで振り直して踊ってもらったたけど よかったわ。 

 あのコ、いろんな役を踊ってゆけるわね。 」 

「 正統プリマ は 年代ごとにでてくるけれど ああいうダンサーはめったに 」

「 さあねえ?  それはこれからのあの子の努力にかかってるわね 」

「 そうなってほしいです。 」

「 ええ ・・・ さあ どんなダンサーになるかな 彼女 」

    ふふふ ― マダムは満足そうに笑った。

 

 

「 ひゃあ ・・・・ すっげ ・・・  」

ジョーは客席で身体を固くして ― 詰めていた息を だは〜〜〜〜 っと吐いた。

ずっと座席の肘掛を握りしめていたので 掌はべたべただ。

「 ・・・ な なんか ・・・ こう〜〜 すっげ・・・  」

はあ 〜〜〜〜  もうため息しかでない。

「 なんだな ジョー。 すっげ しか感想はないのかい 

隣の席では博士が苦笑している。

「 え ・・・ あ ・・・ えへへ〜〜 も〜 なんて言っていいか

 ぼくわかんなくて ・・・ もう すっげ しか言えないです。 」

「 うむ。 本当に凄いな フランソワーズは 」

「 ね〜〜〜〜 ですよ ね〜〜〜〜

 フランじゃないみたいだけど ちゃんとフランだった ・・・ ! 」

「 なんじゃ その表現は 」

「 えへ ・・・ 

「 いや ジョー まさにお前の言う通りじゃったなあ 」

「 でしょ? ね〜〜〜  フランって すっげ〜〜 な〜〜

 えへ あんなコと一緒のウチにいるんですね〜〜 すっげ〜〜〜 」

なにが スゴイのか ジョーの発言はよくわからなくなってきていたが

博士も うんうん と頷いている。

顔と同じく  博士は心中深く頷いていた。

 

       ああ そうだ この強さ あの子自身なのだ

      あの娘は 本当に強い ・・・

 

博士も 深くふか〜〜く息を吐いていた。

 

 

「 きゃ〜 フラン〜  すっご!   」

「 みちよ 〜〜   オデット  期待してるわよ  」

「   任せて! 

舞台の袖では 仲良し二人がハイ・タッチを交わし ハグをしている。

「 次  オデットのV 〜〜 」

「 はい。 」

みちよ は す・・・っと息を吸うと 静かに舞台に出て行った。

( ほとんどの ヴァリエーションは 板付き )

 

「 ・・・ わ ・・・ カワイイ ・・・ 

衣装とメイクのまま フランソワーズも舞台袖からしっかり観ている。

「 ・・・ ステキ ・・・ きっちり踊ってる 」

フランソワーズの親友は 溌剌とした白鳥姫を踊っている。

そして  最後のマネージュ きっちり全部ダブルで回った。

「 ! やった〜〜〜〜 」

 

    ぱちぱちぱち 〜〜〜〜   客席からも拍手がわきあがる

 

「 すっご〜〜〜 ちゃんと音の中で 自然〜〜なのに ! 

 きゃ〜〜〜 みちよ〜 すっご〜〜〜い 

「 ・・・・・ は〜〜〜〜 ・・・ え へへ ・・・ 」

袖に戻ってきたみちよは 大息をつく。

「 やったわね すっご〜い〜〜 」

「 えへへ ・・・ は〜〜〜 ・・・・ どうだった ・・? 」

「 すっご〜〜かった!  みちよ の オデットだったわ 」

「 ふふふ ・・・そ?  えへ ・・・ やったぁ〜〜 」

「 うん♪ 」

    バッチ ン !  二人はもう一度 ハイタッチをした。

 

「 さ 着替えよ? 」

「 ええ。 みちよ お家の方、いらっしゃってるでしょ 」

「 え? あ〜〜 おか〜さん と 姉貴がね  フランとこは

 あのステキなおと〜さんと カレ? 」

「 ・・・ 彼 じゃないけど ・・・ 見に来てくれてるの 」

「 よかったね〜〜  < 評価 > は ヤだけど 」

「 成績 ってことね  ま 勉強会 ですもんね 」

「 そ〜いうこと  あ〜〜 」

「 着替えましょ 」

「 うん 

 

まだまだ 勉強会は続き、同年代のダンサーたちが踊ってゆく。

 

客席の < 審査席 > では

「 いや  パンチの利いたオデットだ〜 

男性の講師は 笑いを噛み殺している。

「 ふふ   らしい わ。 私、回りたいんです〜〜って主張してたわね

 なかなか楽しいわ うふふふ 」

マダムも小声を上げてわらった。

「 さあ どんな評価をつけようかな 」

 

 

「 わ〜〜〜〜 フラン〜〜 お疲れさま〜〜〜 」

ホールの楽屋口で ジョーが待っていた。

「 わ!?   ジョー ・・・ 待っててくれたの? 」

コロコロを引っぱり大きなバッグを掛け フランソワーズが出てきた。

「 ごめんなさい、 すご〜〜く待ったでしょう? 」

「 んん〜ん  疲れてるだろ? 荷物 持つよ〜〜 」

「 え 大丈夫。 」

「 う〜んん 持たせて。  あ 車で博士も待っててくれるんだ 」

「 え ウソ ・・・ ごめんなさい 」

「 な〜に ごめん、なんて。  ねえ ねえ ぼく すっご〜〜〜〜 

 感動してるんだ 〜〜 もう 超やっば〜〜 」

「 ??? ど どういうこと? 」

「 あ ごめん。 あのね とても素晴らしい踊りでした。

 ぼくは こころから感動しています ってこと! 」

さあ こっち・・と ジョーは両手に彼女の荷物を持って先に立って歩いてゆく。

 

  コンコン・・・  ジョーは車の窓を軽くノックした。

「 博士〜〜 お待たせしました〜 」

「 おう おかえり。 フランソワーズ なかなか魅惑的なジプシーさんだったよ。 」

「 博士 ・・・ ありがとうございます 

車に乗って フランソワ―ズはじわ〜〜っと涙が出てきてしまった。

「 じゃ 出します〜 」

「 うむ 頼むよ 

「 はい 」

ジョーは 滑らかにクルマを運転し始めた。

「 ふふ・・・  あの先生がな  楽しみです と言ってくれたよ。 」

「 まあ    うれしい・・・! 」

「 ワシもなあ ハナが高かったよ。 嬉しくてなあ 」

博士は実際とても得意気だった。

「 ・・・ あの先生、マダムはほとんど褒める方ではないんです。

 誰に対しても ・・・  ああ 嬉しいです 」

「 ね〜 ホント すっげ〜 な〜〜って。 ぼく ドキドキ・・・ 」

ハンドルを握りつつ ジョーも明るい声だ。

「 うふ いろいろ悩んだけど  あれが今のわたし です、 あれで精一杯 … 」

「 今日精一杯生きて また明日始めるのさ  それでいい。 」

「 は  はい 

わ〜  すっげ〜〜   博士ってば〜〜 」

ジョーはテンションが上がりっぱなしだ。

「 おいおい ジョー ?  もっと表現力を  いや そもそも語彙を増やさんと

 編集部の仕事はできんぞ  

「 あ は〜い  やべ〜   あ いけね〜〜 」

と彼は呟く。

「 え?  編集部 って?  ジョー ? 」

あ〜  あの    ・・・ そのう〜 」

「 ?? 」

「 うむ バイト先でな 気に入ってもらえたようで。

 編集の方にも参加させてもらえることになったんだそうだよ。 」

「 え〜〜〜 すご〜〜〜い〜〜  やったわね、ジョー 」

「 え へ・・・ これからが問題ってことなんだけど・・・

 ぼくも 頑張りマス! 」

「 ステキよ ジョー。 ジョーの書いた記事とか読みたいわあ 」

「 そ そんなの、まだまだまだ先だよ〜〜 でも 頑張る! 」

「 おめでとう ジョー 」

「 えへ  あ ありがとうで〜〜す 

帰りの車中は笑顔でいっぱいになった。 

 

  ― そして。

 

フランソワーズはバレエ・ダンサーとして熱心にレッスンに通い続けた。

 ― そりゃ何でも順風満帆 とは行かない。 世の中 そんなに甘くはない。

 

ある日 朝のクラスの後のこと

「 え〜と・・・?  う わ ・・・ 」

掲示板の前で 金髪娘が絶句している。

「 どしたの フランソワーズ?  あ〜〜 出てる? 」

後から丸顔の娘が のんびりやってきた。

「 うん 次のコンサートの キャスト ・・・・ 」

「 お〜〜〜 どれどれ ・・・  う っわ。 」

「 みちよ?  わ〜〜〜 グラン・パ・クラシックじゃない〜〜

 すご〜〜い やったわね〜〜 」

「 う・・・ う〜〜〜〜 出来るかな〜〜〜 アタシ ・・・ 」

「 え〜 みちよのテクなら大丈夫よ 

「 う〜〜 無理 かも ・・・・    あ フランソワーズは? 」

「 ・・・ うん ・・・ 」

「 なになに ・・・ お〜〜〜 パリ炎かあ〜〜 やったぁ〜〜 」

「 やった、じゃないわよぉ  ・・・ GP ( グラン・パ・ド・ドウ )

 でしょう ・・? 

「 コンサートは原則、 GPだよ。 」

「 ・・・ リフトとか あるわよねえ ・・・ 」

「 そりゃね。 」

「 ・・・・わたし できる かなあ ・・・ 」

「 アタシだって ・・・ う〜〜〜 」

ずっと仲良しコンビは 掲示板の前でため息・吐息 だった。

 

『 パリの炎 』 ( 通称 パリ炎 ぱりほの ) は 全幕通して上演

されることは稀だ。 革命時に活躍した兄妹が主人公なのだが

GPは 男女のヴァリエーションもコーダも難易度高のテクニック満載なので

若いダンサーたちのコンクールなどで 多く選択される演目だ。

 

 

 こつ こつ こつ・・・  なんだか足取りも重い。

 

大きなバッグを抱えて フランソワーズはゆっくり帰り道をたどる。

今日は 仲良しとお茶する気分にもならなかった。

コンサートでは 『 パリの炎 』 を 元気な同年代の少年と踊るのだ。

 

     え  グラン    リフト あるわよね ・・・

 

    わたし 重い    きっと。

    機械が入ってるんだもの  ・・・

    ムカシは ずっと40キロ をキープしていたのに  

 

こんなコトは 仲良しやバレエ団のセンセイに相談することはできない。

博士にも 言い辛い。

 

    どうしよう ・・・ リフトなし、なんて無理だし・・・

 

どうしよう どうしよう〜〜 のまま リハーサルが始まってしまった。

 

先輩ダンサーに 何回か振りを見てもらった後、 マダムのリハーサルの日がきた。

 

「 とりあえず 踊ってみて? 」

「 は はい ・・・  タケシさん おねがいします。 」

「 あ 僕もおねがいします 」

彼女を彼は スタジオの上手奥に プレパレーションをとった。

 

 〜〜〜 ♪  ピアノの音が流れ始め〜〜〜 アダージオから。

 

二人は元気よく 踊り始めた。 

 

「 ・・・ ふんふん 元気でいいわね〜〜 タケシ〜〜 彼女の方をみて! 

 そうそう ・・・  あら? 」

アダージオのラスト  二人は妙な顔で立ち止まった。 リフトに失敗したのだ。

「 ちょっと〜〜 ちゃんとタイミング 合わせておいてね〜〜 

 それじゃ タケシ、 ヴァリエーション ね 」

「 はい! 」

まだ若いダンサーは 元気溌剌〜〜〜 がんがん高くジャンプをし

ア・ラ・セゴンド ターン も ぶんぶん正確に回る。

「 うん ・・・ 悪くないわ でもね もうちょっと丁寧に いい? 」

「 ・・・・ 」

荒い息で でも彼はわらって頷いている。

「 じゃ フランソワーズ? 」

「 は はい 」

フランソワ―ズは 深呼吸ひとつ、 センターに出て踊り始めた。

「 ふん ふん ・・・ヴァリエーションは   うん 問題ないわね〜  強くなったし

 あ〜〜 もっと笑って!  そう 」

女性ヴァリエーションは かる〜〜く踊っている風にみえるが

若いチカラでどんどん押してゆくテクニックのオンパレードなのだ。

「 〜〜〜 音 よく聞いて〜〜 ちょっと速い ・・・

 ・・・ うん ・・・ まあ 悪くないわ  コーダ、行ける? 」

「 ・・・ 」

フランソワーズはちょっと笑って頷き 後ろい退けた。

「 タケシ〜〜〜 いい? 」

「 おっけ 」

「 それじゃ お願いね 」

音と同時に 少年が元気よく回りつつ飛び出してきた。

 

    〜〜〜♪♪   ♪♪ 〜〜〜 ♪

 

女性も加わり 二人は元気よく踊る。

 

「 ふんふん なかなか・・・・ ど〜も 姉貴と弟 みたいだけど

 なかなか・・・ あ ら? フランソワーズ? わらって! 」

 

      ・・・・ ♪   !  

 

音が消え ダンサー達はポーズを解いた。

 

「 うん ・・・ 初めてにしちゃ そんなに悪くないわね 」

「 ・・・ 」

「 ・・・ 」

息を整えつつ 彼も彼女もちょっと笑顔をみせた。

「 タケシ  セゴン・ターン ね 音きいて! 回ることだけに

 没頭しない〜〜 いい 」

「 へ〜い 」

「 フランソワーズ ねえ な〜んか引っ掛かること あるの? 

「 え  

「 あなたらしくないわよ  元気モノ同士 いいかな〜〜って思ったんだけど? 」

「 あ あの・・・ 」

「 なに ビクビクしてるの ? 」

「 ・・・え  いえ あの・・・ わたし ・・・ 重いから  」

「 ? あなた スリムな方でしょ? 」

「 いえ ・・・ あの。 だから リフトが ・・・ 」

「 リフト??  リフトって アダージオのラストの肩乗り くらいよ?

 なんかタイミングが合ってなかったけど 」

「 え ええ ・・・ だから その。 重いから迷惑が・・・ 」

「 そんなに気になるのだったら ダイエットすれば?

 あ やり過ぎはダメよ 」

「 やりすぎ? 」

「 そ。 拒食症になんかならないでよ? ほどほどに 」

「 は  はい ・・・・ 」

 

    でも  わたし 痩せられる の・・・?

    身体の中の機械 が ・・・

 

フランソワーズは 俯いたままだ。

「 ま せいぜい二人で自習してみてね。 あなた達の踊りに期待しているわ 

 お疲れさま〜〜 」

「「 ありがとうございました  」」

二人は 丁寧にレヴェランスをし、先生を送りだした。

 

「 うっは〜〜〜 も〜〜 めっちゃきんちょ〜した〜〜  」 

少年は ぱん、と大きく跳ぶと 床の上に大の字にのびた。

「 あ  あの ・・・ 」

「 なに〜〜  あは きんちょしたよね〜〜 

「 え ええ   あの ね タケシ君 ・・ あの

 ごめんなさい  わたし  重いでしょう  」

「 へ?? 」

「 あの ・・・ アダージオの最後のリフト・・・ 」

「 あ〜 ちょっちタイミングが外れたね〜 」

「 そのぅ・・・ わたしが重いから ・・・ 

「 重い?  わかんねかった〜〜 」

「 え ・・・ あの わたし重いから あのリフト 」

「 まっさかぁ〜〜 オレ、見かけによらず力持ちだから〜〜

 おっけ〜〜さ ふらんそわずさん 」

「 ・・・ あ ありがとう タケシさん 」

「 じゃ〜〜 お疲れさま〜〜 あ 次のリハ、よろしくぅ〜〜  」

「 あ は  はい ・・・  」

少年は ぶんぶん手を振ると ご機嫌ちゃんでかえっていった。

 

    ・・・ どうしよう ・・

    きっと ホントはすご〜〜く迷惑をかけたのよね ・・・

 

    どうしよう ・・・ 

 

「 ・・・・・・ 」

重いため息を吐き フランソワーズは重い足取りでスタジオを出ていった。

 

 

 

   コトン。  いい香の湯気がたつカップが置かれた。

 

「 はい ジョー。  オ・レ よ 

「 わあい ありがと〜〜  うん いい匂い 〜〜 

 ふ〜〜〜ん ・・・・ えへ いいなあ 」

ジョーは カップを手に湯気の香を楽しんでいる。

「 ねえ ・・・ ジョー ・・・ 

 あの  ―   ねぇ わたし って 重いわよね  

「 へっ?? 

「 わたしのこの身体には 機械が入っているから。 

 普通の女の子より 重たいんだわ。 

「 ・・・ あ〜 そりゃ まあ・・ 

「 今度の踊りにね リフトがあるの。 オトコノコに持ち上げてもらうテクニックよ。

 わたし、こんなに重いから ・・・ パートナー くん に申し訳なくて  

声がじ〜〜んわり涙っぽくなってきた。

「 あのさ。 その・・・リフトって とてもムズカシイわけ? 」

「 え? 」

「 だから そのう〜〜 ムズカシイ技術が必要なのかい 」

「 あ ううん ・・・ 今度のは アダージオの最後に肩乗り があるくらい 」

「 かたのり? 」

「 そう こうやって・・・・ ぽ〜〜んと男性の肩に座るのよ 」

「 ふうん・・ やってみようか 」

「 え?? ジョー と?? 」

「 うん。  あ 落っこどさないから安心して 

「 それは ・・・わかってるわ 」

「 だからさ、やってみようよ、そのワザをさ 

「 え  ここで  

フランソワーズは 思わずリビングを見回した。

「 ん〜ん。 下のロフト、 じゃなくて きみのレッスン室で さ。

 やってみようよ 

地下には ロフトの一部を片付けリノ ( リノリュウムのこと ) を敷き

壁に鏡を貼ってレッスン室がある。

「 ・・・  ジョー できる? 

「 やってみなくちゃわかんない だろ?  やってみよ! 」

「 そうね   着替えるから 行ってて

「 おっけ〜   じゃ 電気つけて・・・ あ ぼく 柔軟体操しているね 

「 ジョー〜〜〜 ストレッチ と言って〜〜〜 」

「 あは  ごめんね 」

ジョーは 笑いつつ地下に降りてゆき フランソワーズは急いで着替えた。

 

 

  トン トン ・・・  ジョーは 床で軽く足踏みをしてみた。

 

「 ふ〜〜ん・・・ なんか不思議な感触だね 」

「 そう? スタジオの床はね 全部フロ−リングなの。 もっと柔らかいわ 」

「 ふうん ・・・ あ それじゃ やってみようよ そのリフト 」

「 ええ。 まずね 」

フランソワーズは ジョーの前に同じ向きで立った。

「 あのね わたしのウエストを両手で 持って ぽ〜〜んと

 ジョーの左肩に持ち上げるのよ。」

「 ん〜〜・・っと こう〜いう感じ? 

彼は手で順番を追ってみた。

「 そ。 それで わたしは そこに、ジョーの左肩に 座って  」

「 す すわる?   肩に?  肩車 みたく?  」

「 あ〜〜 肩車とはちょっと違うけど まあそうよ。

 そして わたしはポーズをするの。 アームスはアンオーで ・・・

 あ つまりね、両手は上に上げて 両脚は空中でポーズするの。 」

「 ・・・  ひぇ〜〜  ・・・ な なんかイメージできないんだけど

 ・・・ と とにかくやってみよ〜よ  」

「 ええ  」

「 思いきって飛びなよね〜  ぼく、絶対に落っこどさないから。 」

「 うん。 あ まずね まっすぐに持ち上げてみて? 」

「 わかった。 ・・・ えっと きみのウエストを両手で持って っと 」

「 そうよ いい?  いっせ〜〜の〜〜 せっ!! 」

「 !! 

  フランソワ―ズの身体は 難なくぽ〜〜〜んと・・・ ジョーは力余って

アタマの上まで持ち上げた。

「 うん そうそう・・・ いい感じ 

「 ふうん  きみ 全然重くなんかないよ? 」

「 今のは 体重ほとんどかかってないもの。

 タイミングが合えば とても軽く、高く持ち上げられるわ 」

「 ふうん ・・・ じゃ その、肩乗り やってみよ 」

「 いいわ。 まず 今みたいに真上に持ち上げて ・・・

 わたし、オシリを突き出すから左肩に座らせて。 」

「 う うん ・・・ ともかくやってみよ 」

「 そうね。 いい? 」

「 ウン 」

 二人はさっきと同じ位置に立ち いっ せ〜〜のせっ で彼は彼女を持ち上げ

「 きゃ… 」

「 う うわあ〜〜〜 ご ごめ ・・ ! 」 

ジョーは思わず一歩引いてしまい ―

  ぎゅ。 彼はあわててずり落ちてきた彼女の身体を抱き留めた。

 

「 ご ごめん〜〜 大丈夫? 」

「 へ 平気・・・ あの腕の力、抜いてくれる? 

「 あ ごめ ! 」

彼は慌てて腕のなかから彼女を解放した。

ごめ…  怪我 した? 」

「 大丈夫よ  あのね、わたしが座るから ジョーは荷物を肩の上に

 のっける〜〜 って気分でやってみて? 」

「 荷物 ?  う〜〜〜 わかった〜〜〜 

「 じゃ もう一回ね 」

「 おっけ〜〜 」

 

   いっせ〜のせっ の掛け声ともに フランソワーズの身体は

かる〜〜く持ち上げられ  ― すとん、とジョーの肩に着地した。

 

「 わ ♪ やったわ〜〜〜 ここで ぽ〜ず 」

「 わお?? 落っこちるぞ! 」

「 やだ ジョー ずっとわたしのウエスト、もっててよ〜〜 

「 え あ ・・ ごめ・・・  う〜〜ん なんか不思議な気分・・・

 きみの足が ぼくの耳の横にあるよ 」

「 うふふ・・・ ね〜 降ろして。 

 今度は音を出すから。 」

「 う うん ・・・ よ・・・っと。 」

ジョーは すとん、とフランソワーズを床に立たせた。

「 じゃ〜 音ね〜〜 」

「 音?? 」

「 あ 曲を流すってこと。 あのね 音楽に合わせてリフトしてくれる? 」

「 え。  う ・・・  で できるかなあ 」

「 や〜〜ってみなくちゃ わかんない でしょ? 」

「 う  ウン  」

「 それじゃ  えっと アダージオのアタマから流すわね 」

「 う うん ・・・ 」

 

  〜〜〜〜♪♪   ジョーには初めての音楽がはじまった。

 

「 〜〜〜 ・・・・でね、 この音で〜〜 肩乗り! 」

「 う ・・・ うん 」

「 それじゃ 音、繰り返すわね〜 

「 ・・・ 」

ジョーは真剣な顔で音楽を追った ・・・

 

  そして 音に合わせるので また 一苦労したが

 

「 !  やったわ〜〜〜 いい感じ♪ 」

「 ・・・ うう ・・・ やっと〜〜〜 」  

 

  ふう 〜〜〜 ・・・ はあ 〜〜〜

 

大息を吐き 二人は床に座り  ―  に・・・っと笑い合った。

「 やた ・・・  」

「 ジョー すご〜い 」

「 なあ 重くなんかないよ 」

「 ・・・え? 」

「 あのさ 思いきって ぽん って 跳んでくれれば 重くないよ  」

「    そう?  」

「 うん。 これはさ〜 力学だと思うけど

 物体の重量は垂直にかかる時が一番軽いはずさ。 」

「 ・・・ あ  そうよねえ 」

「 だろ? それにさっききみも言ったじゃないか タイミングが合えば って 」

「 そうね そうだわね。 」

「 だから  せ〜の ぽん   じゃないのかな〜 

「 わ  わかったわ!  せ〜の ぽん  ね 

 パートナーのタケシ君にも教えてみるわ 」

「 そ〜そ〜  

重いのでは・・・と萎縮してるので 思いきって真上に飛べていなかった。

そしてその 結果タイミングも狂い リフトを失敗していた。

「 自信 もって !  」

「 え ええ ・・・ 」

「 ぼくもさ おんなじなんだ。 」

「 え ジョーも? 」

「 ウン。 編集部で研修してるんだけど 

こうだ! って思って 思い切って書け って。 それが一番大切なんだって。 」

「 ふうん ・・・ ジョーも せ〜〜の! なのね 」

「 うん、 きみと一緒さ。 

「 ― ありがとう ジョー。 ジョーがいてくれて すごく嬉しいわ。 」

「 えへ ぼくだってさ。 きみが頑張ってるから ぼくも頑張れる。 」

「 Merci Joe 〜〜〜 ♪ 」

 

     ちゅ。  暖かいキスが彼の頬に落ちた。

 

「 わっはは〜〜〜〜ん♪ 」

 

      わたし  踊ってゆくわ! 

      ジョーが   家族が応援してくれるんだもの

 

      わたし 踊るの !

 

 

 

そして コンサート当日 ―

 

『 パリの炎 』 は   ま〜  まんまねぇ〜    と評判になった。

 「 ふふふ  このアヒルの子達はどんな白鳥になるのかしらね  」

舞台袖で芸術監督も務めるマダムは にんまり・・・していた。

 

 

**************************      Fin.     **************************

Last updated : 05,15,2018.                    back      /     index

 

***************  ひと言 *************

フランちゃ〜〜ん 頑張れぇ〜〜〜

バレエ、是非舞台を見てくださいね〜〜

『 パリの炎 』 白いシンプルなチュチュに

トリコロールのタスキを掛けて踊ります。